散歩は、ライフハックや趣味と呼べるか怪しいものかもしれません。
いわゆる散歩といえば、小さな子供やご老人の日課や、ペットを連れて歩くもののようなイメージが強いように思われます。
つまり誰にでも(動物にさえ)出来てしまうことです。
そんな単純だからこそ奥深い「散歩」の魅力をお伝えしてみたいと思います。
考える「足」
歩くことは考えることでもあります。
西洋の哲学者ジャン・ジャック・ルソーやイマヌエル・カントは良く散歩していたそうです。
ルソーは孤独な晩年を『孤独な散歩者の夢想』の中で散歩中に思ったことを本にまとめていますし、カントが毎日規則正しい散歩をしていたことは有名な話です。
ランニングやウォーキングではなく、考えるために足を動かすことが散歩の一つの特徴です。
近年は脳科学の分野や認知症予防といった医学的な側面からも散歩のメリットが挙げられることもあります。
https://san-tatsu.jp/articles/84910/
https://www.tmghig.jp/research/topics/201412/
専門的な話はここでは割愛しますが、より広域な範囲で思考を巡らせるためにまずは歩いてみるということが重要なのではないでしょうか。
散歩の速度
また、散歩の魅力はその進む遅さにあります。
散歩の速度は時速3kmほどで、数多の移動手段のうち最も遅い部類のものです。
自動車や電車、飛行機などで移動可能な都市生活の中では、散歩的な速度で移動している時間の方が短くなっていることも珍しくないでしょう。
速度が早くなればなるほど人間の五感は反応ができなくなります。
時速300kmの新幹線の中から草にしがみつくテントウムシを見つけ出すことはできません。
皆が新幹線に乗れる時代になったからこそ、散歩でしか見つけられない「テントウムシ」に価値がでてくるはずです。
まとめ
散歩をしようと思っても、その時間を設けることが難しいかもしれません。
しかし散歩のもう一つの良い点は、散歩自体には特に目的がなくても良いということです。
つまり、散歩は特に制約がない、単なる気晴らしに過ぎないのです。
1時間でも5分でも良い。
途中で誰かに話しかけても良いし、黙っていても良い。
進んでも良いし、戻っても良し、立ち止まっても良い。
目的も持たずにただ足を動かすことが、散歩の全てなのです。
単なる気晴らしの時間を持てることの喜びが、散歩の素晴らしさの一つだといえるでしょう。